 |

■Profile■
占星術研究家
講談社で編集記者をするかたわら、1983年より、西洋占星術の大家である明暗塾創始者、門馬寛明氏に師事。1986年には同塾で人生指導論、占星医学論、愛情結婚論、占星職業論、事故災難論のすべてのライセンスを修得すると同時に、英国占星術協会に推薦入会。1995年にはインドに渡り、インド占星術の研究を本格的に開始。西洋占星術、タロット占い、四柱推命、風水、ヒーリング、オーラをはじめとする、数々の占いや神秘学を研究し提供する、メディア制作会社のプロデューサーでもある。
|
|
 |
 |
 |
「宿命や運命」というものは、はたしてこの世の中に本当に存在するのでしょうか? もともと、わたしの占星術研究への傾倒は、この疑問から始まりました。実は、長い間、この疑問を解きたいがために占星術を研究していたような気がします。
占星術の研究とともに、少しずつ年齢を重ね、あるとき、「宿命や運命とはやっぱり存在するのだ……」と、心の底から、確信できる瞬間(とき)がやってきたのです。
この確信は、わたしが生まれてきた目的にもつながる重大な意味を成すものでした。しかし、その確信とは、ある一連の悲しい出来事がきっかけとなったのです。
自分や愛する人たちが悲惨な出来事に見舞われたとき、アメリカ人は「オーマイゴッド(神様への呼びかけ)」と叫びます。日本人は「やっぱり、この世に神様なんていない……」と、つぶやきます。
神仏の存在を疑い、このように感じるときの人間は孤独な深い暗闇の中にいます。
しかし、悲惨な出来事に見舞われたときに、「ああ、やっぱりこの世に神様は存在するんだ……」、そう確信することがもしできたら、わたしたちの魂は救われて、光の輪の中に立っていることでしょう。さらに、「神様、どうか、罪深いわたくしをお許しください」とつぶやきます。自分に降りかかっている問題の原因は、本能的に自分にあることを知っているからです。
たとえ身に覚えはないにしろ、「自分に悲惨な出来事が起こってしまった」という事象から帰納法的に考えれば、自分が悪いということになります。だからこそ、自分が犯したまちがいを認めて神様に謝罪しているのです。これができる人は、どんなに悲惨な出来事に見舞われても、その先、決して不幸にはなりません。
わたしたちは、時に、自分自身が犯したまちがいや罪を、永遠に他人になすりつけようとすることがあります。しかし、たとえ理不尽ではあっても他人の罪を自分の罪と認めて反省し、克服しようとしてきた人たちはつねに光の輪の中にいます。
占いとは「神が定めたこの世の普遍的規則」という名のプログラムロジックの謎解き行為です。
聖典西洋占星術が、わたしたちが自分の人生に起こった出来事を、静かに受け止め反省し、魂を成長させたり自己啓発や悟り(エンライトメント)に向かって、歩き始めるためのささやかな道しるべになればと考えています。
ミス・ペルセフォネー
|
|
 |

|
 |
|
 |
|